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佐久市望月エリアの山道を登った先にある「多津衛民芸館(たつえみんげいかん)」。
蓼科山や美ヶ原高原などの山並みを望む清々しい景色の中、気持ちのいい空気が流れています。

ずっと来てみたかった場所。訪れたこの日は、冬季の休館を経てようやく営業再開した開館日でした。
梁が立派な古民家の館内に入ると、民藝品の展示スペース、カフェ、地元作家の手仕事が並ぶ売店が併設されており、木の温もりに包まれて癒されます。

その日はオープニングイベントとして、館長自ら常設展示の案内もしてくださるとのこと。ゆったりと作品を鑑賞しながら、ほっと安らぐひとときを過ごしました。


多津衛民芸館とは

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多津衛民芸館の名にもある“民藝”とは、1926年に思想家の柳宗悦らによって提唱された、名もなき職人の手から生み出された日常の生活道具のこと。

当時、工業化や大量生産が進む中、日本の手仕事が失われていくことを危惧し、各地の風土から生まれた手仕事にこそ“美”が宿っており、それらを守り育て、触れることが暮らしを豊かにすると、民藝運動では説かれていました。
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右側の額縁の人物が柳宗悦

佐久市の協和地区に生まれた、教育者の小林多津衛(1896〜2001)は、同時代を生きた柳宗悦が刊行に携わった雑誌『白樺』や民藝運動などに強い影響を受け、自身も80年余にわたって陶磁器や布などの民藝品を蒐集しました。そのコレクションを紹介するために1995年に建てられたのがこの民芸館です。

また小林多津衛は生涯にわたって、手仕事の大切さに加え、個性や異なる文化を尊重し合う「平和への願い」を訴えていました。そのことから「平和と手仕事」がこの民芸館の理念になっています。


民藝品を見ながら歴史の文脈を辿る

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館長のロジャー・マクドナルドさんの案内で展示を見てまわります。

ロジャーさんは、大学の講師や展覧会のキュレーターなども務める美術研究者で、2010年に東京から佐久市望月に移住(移住の決め手は、望月で有名な地域住民の拠り所でもある「YUSHI CAFE」の存在があったそう!)。

多津衛民芸館にもたびたび訪れるようになり、5〜6年前に理事として運営の手伝いをするようになり、2年前に館長に就任しました。

常設展示も2年前の館長就任を機にリニューアル。
それまでただ民藝品だけが展示されていましたが、小林多津衛の人物像が分かるような、彼の書斎にあった本を並べていたり、彼が愛した猪口のコレクションの一部を展示したりしています。
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また特徴的なのが、民藝品のコレクションの間に、ミレーやゴッホなど、農村風景を描いた西洋絵画の複製が飾られていること。これらの画家の絵は、小林多津衛に影響を与えた雑誌『白樺』にも紹介されていました。

「この絵が描かれた時代背景として、イギリスで産業革命が起こっています。便利さと引き換えに、農村や自然界、人間の暮らしから大事なものが失われているのではないかと、そんなメッセージ性がこれらの絵から感じられます。

まさに日本の民藝運動と時期も思想もリンクしており、似たような世界観を持つことから、これらの作品を同時に見せることで、民藝を国際的な運動として見直しています」と、ロジャーさん。美術研究者ならではの独自の視点が生かされています。
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ほかに小林多津衛コレクションの特徴として、信州で今では存在しない窯の作品を集めているという点があるそう。

生活と密接に関わりながらも美しさをもつ器たち。醤油や酒、梅干しなどを入れていたのだろうか…と想像が膨らみます。かつてこの地域で使われていた、民具なども展示されていました。


地域や人を繋ぐさまざまな取り組み

多津衛民芸館では、「この地域の歴史や暮らしを実際に感じてもらいたい」と、展示だけでなく、2年前には「猪口プロジェクト」も始動。
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猪口の美しさに魅了され、江戸初期〜中期に作られた猪口を、なんと600も集めたという小林多津衛。

そのコレクションを飾っているだけではもったいないと、佐久市のYUSHI CAFEなどに1ダースずつ貸し出し、お店で実際に使ってもらっています。
コレクションが使われるのは、日本の博物館・美術館でも他にないのではないかとのこと。

「民藝は本来生活とともにあったものなので、猪口も手に触れて肌で感じ、実際に使ってみて、その良さを再発見していただけたら」と話されていました。
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また開館当初から、地域の環境や教育問題などについて考える、生涯学習の場でもあったという多津衛民芸館。

その精神は現在も受け継がれ、農や手仕事、平和の重要性、文化芸術などについて学びを深める「民芸館学校」も開かれています。

「文化は東京に集中しがちですが、生活とは切り離されています。田舎は自然と関わることが多いので、気候や環境や動物など、生活として実感することができ、そこから学び、自分たちで高度な文化を作っていくこともできる。文化と生活がフラットに結びついている。それはまさに“平和と手仕事”にも繋がっています」。
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自然から離れたことで、あらゆる危機や問題に直面している現代。多津衛民芸館のような人や地域をつなぎ、歴史から学び、未来へ繋ぐコミュニティの場はとても貴重で、その存在意義を強く感じました。

ほかにも恒例の「平和と手仕事展」やコンサートのほか、ギャラリースペースにて、定期的に地域の作家の手仕事作品の展示会などを開催しているので、訪れるたびにさまざまな出会いや発見がありそうです。
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土・日のカフェはスイーツなども充実。オープニング当日はパンやスープもいただきました

ときにはデジタルや普段の仕事から離れて、こうした場所に足を運び、ゆっくりとコーヒーを飲みながら、手作りのものに触れてみてはいかがでしょう。
ひなぽんも今回訪れてみて、ただ身を置くだけでも、自分が回復されていくような感覚がありました。

民藝や手仕事を通じて、物質的な豊かさではなく、より良い生活や心の豊かさを求める。きっとそこでしか得られない気づきや癒しがあるのだなと思います。


多津衛民芸館 DATA
住所長野県佐久市望月2030-4
電話0267-53-0234
開館日4月〜12月中旬の金〜月曜(10:00〜17:00)
※月・金曜は前館長が在館。土・日曜はロジャー館長はじめ昨年から運営を引き継いだメンバーが在館
入館料大人500円、中学生以下200円
HPhttps://tatsue-mingeikan.jimdofree.com/


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この記事を書いたライター


ひなぽん
ひなぽん
イラストレーター・編集者|千葉県出身。書店に入り浸る学生生活の後、出版社で旅行雑誌の編集者となる。全国各地を取材した経験から、ローカルに魅力を感じ、2017年に上田市に移住。観光関係の広報の仕事や、イラストレーターとして活動中。手相鑑定士でもある。趣味はレトロな風景を求め旅に出ること。とくに喫茶店や工芸品、温泉などが好き。